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エフゲニ・ザラフィアンツの「人と音楽」

エフゲニ・ザラフィアンツ&天満敦子デュオ・リサイタル(2000年4月22日カザルスホール)に際して
広報パンフレットに寄せていただいたエッセイです。



ザラフィアンツにふれて

古田 徳郎(音楽評論家)

大正末期から昭和初頭にかけて、多くの芸術家が、革命の難を逃れてロシアから日本にやってきた。音楽
家では、ピアニストで作曲家のA.チェレプニン、同じく作曲家のS.プロコフィエフ、ヴァイオリニストのA.モギレフス
キー、舞踏家ではエリアナ・パブロヴァなど、すでに世界的に名の知れた人たちだった。これらの芸術家の中に
は日本に定住して日本楽壇の育成に大きな役割を果たした人も沢山いる。
どうして、こんな話しを冒頭から持ちだしたか…。それは、エフゲニィ・ザラフィアンツのピアノを初めて聴い
た時、不思議に、昔の日本の音楽界の情況が頭をかすめたからだ。もちろん、その当時の音楽界と今とでは音
楽事情に大きな違いはあるが、しかし共通面も多い。
  今、ここに、自分の才能を自国では発揮しにくいと感じてきた音楽家が居るとしよう。彼等は、さらに良心のあ
る場所に行って自分の芸術を生かしたいと考えるか、あるいは、自国よりさらに有利な音楽市場を見つけだして
自分を売りだそうと図る。その彼等は、二つの道のどちらかに分けられる。ザラフィアンツの演奏を聴いた時、直
感したのは、どうしても彼が前者のタイプだと云うことだった。
彼のCDを推められて聴いたことはあるが、彼の生演奏に触れたのは昨年(平成11年)の「泉の里コンツェ
ルトザール」での演奏会だった。彼の音楽観や音楽事情について話しを交わしたこともあるが、それらは、こちら
の直感をますます強めるばかりだった。
彼の音楽の特徴を一口にまとめれば、表現に飾り気が少ないことだ。いや、飾り気はあるのかも知れない
が、それを感じさせないこと、これは大変なことだと思われた。彼の場合、それは、単に外形のことではなく、感
性や意識の次元の問題だと感じられた。強烈な意思表示をしたかと思うと、音勢の中に微妙な色彩性を感じさ
せることもある。これらは単に音楽上の効果を求めたものではなく、彼の深いアイデンティティ(本体性)からにじ
み出たもののように思われた。こうした特徴は、技巧性偏重、画一性追従の一部のソ連流とは別のものと思わ
れる。
最近の日本の音楽界はメセナ(文化貢献)などと称する隠れみのの中で企業に寄りかかったり、コンクール
主義やマスメディアのスター主義に躍らされたり、混乱を極めている。音楽界がイヴェント化し、ショーまがいが
横行する風潮の中で、ザラフィアンツのような音楽家はますます受け入れにくいものになったといえよう。だが一
方で、だからこそ、彼のような存在が貴重だといえる。

古田 徳郎(ふるた とくろう)
作曲家、音楽評論家。
明治44年東京生まれ。
作曲を菅原明朗、小松清に師事。
長らくサンケイ新聞の演奏会評を担当した。
元東海大学教養学部教授。





エフゲニ・ザラフィアンツの「人と音楽」

エフゲニ・ザラフィアンツ ピアノ・リサイタル(2002年4月29日紀尾井ホール)に際して
広報パンフレットに寄せていただいたエッセイです。



無垢なる音楽家
諸石 幸生(音楽評論家)

 ザラフィアンツ…私には一生忘れることのできないかけがえのないピアニストである。出逢いは1993年、アメリ
カのパサデナで行われたポゴレリッチ国際ピアノ・コンクールでのことだが、旧ソ連下で不遇かつ不当な仕打ち
を受け、演奏家としての可能性をことごとくうち砕かれてきたザラフィアンツが聴かせてくれたスクリャービン、ラ
フマニノフはまさに涙を誘う絶品であった。両肩にこの世の哀しみ、悲惨な運命のすべてを背負いながら、それ
でも救いを求め、さらに甘美な憩いすらも作品の中に見いだしていくようなザラフイアンツの演奏は、会場を完全
に魅了し、見事、第2位に輝いたのである。
 初来日は1997年と遅れたが、黙々と研鑚に励んできたザラフィアンツは、さらに巨大な存在感を伴って私の前
に再登場した。続々とリリースされるCDもきわめて純度が高く、深く心に迫る名盤ばかりである。不思議なこと
に、これまで東京でのソロ・リサイタルがなかったが、ようやく4月に実現する。作品もスクリャービン、ラフマニノ
フを中心とした十八番がならんでいる。しかも今回は一部がベヒシュタインで演奏され、スタインウェイとの聴き
較べもできるという特典付きである。ザラフィアンツの至芸に浸るとともに、またとない美音の饗宴にも心躍らせ
る一夜となろう。
 

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