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エフゲニ・ザラフィアンツのCDレビュー
発売CD一覧
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最新録音盤 好評発売中!!(04年6月発売)
レコード藝術』2004年8月号<準特選盤>批評を読む
《
ブラームス:ワルツ集/3つの間奏曲/4つのピアノ小品 》
ブラームス:ワルツ 作品39
ブラームス:3つの間奏曲 作品117
ブラームス:4つの小品 作品119
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(録音)
2004年2月
府中の森芸術劇場
ALCD-7087
(ALM RECORDS)
税込定価¥3,045
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最新録音盤 好評発売中!!(04年6月発売)
《 ザラフィアンツ/エリーゼのために 》
@ハイドン:ソナタ第12番イ長調
Aべートーヴェン:パガテル「エリーゼのために」イ短調 WoO 59
Bリスト:ペトラルカのソネツト104番(巡礼の年第2年イタリアから)
Cショパン:ノクターン第14番嬰へ短調 op.48−2
Dショパン:ノクターン第2番変ホ長調 op.9-2
Eショパン:ノクターン第20番嬰ハ短調 遺作
Fショパン:ポロネーズ第6番変イ長調「英雄」 op.53
Gチャイコフスキー:「四季」 op.37bより5月「白夜」
Hチャイコフスキー:「四季」 op.37bより6月「舟歌」
Iスクリャービン:練習曲嬰二短調 op.8-12
Jスクリャーピン:練習曲嬰八短調 op.2
Kラフマニノフ:練習曲−音の絵 二短調 op.39-8
Lラフマニノフ:練習曲−音の絵 二長調 op.39-9
Mラフマニノフ:楽興の時 変二長調 op.16-5
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(録音)
2004年2月
和光市民ホール
ALCD-7088
(ALM RECORDS)
税込定価¥3,045
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『レコード藝術』2003年8月号<特選盤>批評を読む
《 ブラームス:6つの小品/ザラフィアンツ 》
J.S.バッハ:イギリス組曲第2番
シューベルト:即興曲作品142-3
ブラームス:6つの小品作品118
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(録音)
2002年2月
府中の森芸術劇場
ALCD-7077
(ALM RECORDS)
税込定価¥2,940
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磯山雅 今月私の3枚(毎日新聞03年7月23日)
細やかな運動感をもつバッハ「イギリス組曲第2番」に驚嘆。シューベルトの即興曲にも、ブラームスの小品(op.118)にも、鋭敏さわやかなロマンが詰まっている。注目したいロシアの中堅だ。
宇野功芳 NEWディスク(赤旗日曜版03年7月20日)
1959年生まれなのに今まで未知だったロシアのピアニスト、ザラフィアンツのCDを始めて聴いて驚嘆した。これは本物だ。バッハもシューベルトもブラームスも極めて個性的だが、その個性が常に人間の心と結びついている。つまり昔の巨匠たちと同じスタイルなのだが、古くささがまるでない。今後、最も注目すべき才能の一人といえよう。
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《 ショパン:ピアノ・ソナタ第3番/ザラフィアンツ 》
ハイドン:ピアノ・ソナタ ト短調 Hob.XVI : 44
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 作品60
メトネル:ピアノ・ソナタ イ短調 「回想」
『レコード藝術』2002年7月号<推薦盤・準推薦盤>
『音楽現代』2002年6月号<準推薦盤>批評を読む
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(録音)
2000年5月、6月 &
2001年11月
府中の森芸術劇場
ALCD-7068
(ALM RECORDS)
税込定価¥2,940
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《 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番/ザラフィアンツ 》
J.S.バッハ(ブゾーニ編曲):シャコンヌ
J.S.バッハ:『27のコラール集』より「主イエス・キリストを顧みたまえ」BWV
726
J.S.バッハ:『キルンベルガー・コラール』より「いと高きにいます神にのみ栄光あれ」BWV
711
J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「かくも喜びあふるる日」BWV 605
ラフマニノフ:『13の前奏曲』作品32より 第5番 ト長調
J.S.バッハ:『キルンベルガー・コラール』より「ただ神の摂理にまかす者」BWV
691
J.S.バッハ:「深き苦しみの淵よりわれ汝を呼ぶ」BWV
745
ラフマニノフ:『13の前奏曲』作品32より 第4番 ホ短調
J.S.バッハ:『オルガン小曲集』より「われら悩みの極みにありて」BWV
641
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品36
『レコード藝術』2002年1月号<準推薦盤>批評を読む
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(録音)
2000年11月 & 2001年1月
府中の森芸術劇場
ALCD-7066
(ALM RECORDS)
税込定価¥2,800
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《 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番/ザラフィアンツ 》
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番 変ロ短調 作品28
ラフマニノフ:V.R.のポルカ
ラフマニノフ:エレジー 作品3-1
モシュコフスキ:スケルツェット 作品31-4
『レコード藝術』2001年1月号<準推薦盤>批評を読む
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(録音)
2000年4月
府中の森芸術劇場
ALCD-7061
(ALM RECORDS)
税込定価¥3,059
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《 ショパン:バラード/ザラフィアンツ 》
ショパン:バラード第1番 ト短調 作品23
ショパン:バラード第2番 へ長調 作品38
ショパン:バラード第3番 変イ長調 作品47
ショパン:バラード第4番 ヘ短調 作品52
スクリャービン:幻想曲 ロ短調 作品28
モシュコフスキ:愛のワルツ 変イ長調 作品57-5*(この曲のみライヴ録音)
『レコード藝術』2000年4月号<特選盤>批評を読む |
(録音)
1998年12月
府中の森芸術劇場
ALCD-9017
(ALM RECORDS)
税込定価¥3,059
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《 ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 》
J.S.バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825
ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 作品42
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第3番 嬰へ短調 作品23
ラフマニノフ:リラの花 作品21-5
モシュコフスキ:ワルツ・ブランテ
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(録音)
1998年4月
府中の森芸術劇場
ALCD-9012
(ALM RECORDS)
税込定価¥3,059
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《 スクリャービン前奏曲全集 第1集 》
前奏曲 ロ長調 作品2-2
『2つの左手のための小品』作品9より 第1曲「前奏曲 嬰ハ短調 」
24の前奏曲集 作品11
6つの前奏曲 作品13
5つの前奏曲 作品15
5つの前奏曲 作品16
7つの前奏曲 作品17
『 Gramophone 』 Editor's Choice <今月の10枚>
UK版編集長 James Jolly selects批評を読む
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(録音)
1996年10月
ブリストル聖ジョージ教会、イギリス
8.553997
(ナクソス)
¥オープン価格
(バジェットプライス)
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《 スクリャービン前奏曲全集 第2集 》
4つの前奏曲 作品22,31,33,37,39,48,27,67,35
『3つの小品』作品45より 第3曲「前奏曲 変ホ長調」
『3つの小品』作品49より 第2曲「前奏曲 ヘ長調」
『4つの小品』作品51より 第2曲「前奏曲 イ短調」
『4つの小品』作品56より 第1曲「前奏曲 ホ長調」
『2つの小品』作品59より 第2曲「前奏曲 」
5つの前奏曲 作品74
*スクリャービンの息子の作品
ジュリアン・スクリャービン(1908-1919):4つの前奏曲 批評を読む |
(録音)
1996年10月
ブリストル聖ジョージ教会、イギリス
8.554145
(ナクソス)
¥オープン価格
(バジェットプライス)
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エフゲニ・ザラフィアンツのCDレビュー
《
ブラームス:ワルツ集/3つの間奏曲/4つのピアノ小品 》
ALCD-7087(ALM RECORDS)
プラームスの《ワルツ集》全16曲に、晩年の小品集から「作品117」および「作品119」−−各3曲、4曲−−を加えた,ザラフィアンツらしくユニークなリサイタルである。いま40代半ばにさしかかった彼を、現代における最
も詩人的なピアニストの一人として私ば評価し、一種格別な愛着もおぽえている。時として、常誌的な耳からはエキセントリックに感じられる演奏を行なうかもしれないが、どんな場合でも、彼としての筋は通っている、と考える。
ここでも彼は、ワルツにせよ間奏曲にせよ、プラームスの小品に込め
られた詩情を、心の琴線をもって受け止め、感動をそのまま鍵盤上にしたたらせてゆく、といった趣がある。このようなやりかたで《ワルツ集》全曲を聴かせた演奏はちょっと類がないだけに、これは興味ぶかいものとなった。さらに、例の余りにも美しい「孤独な心への子守歌」である変ホ長調間奏曲(作品117−1)に始まる小品集7曲も、それぞれの抒情詩的性格を高度に生かすような流儀によって、すこぶる雰囲気豊かに演奏されていく。「プラームスはもっとドイツ的に、厳格さや"渋さ"を忘れないで」といった注文を出したくなる聴きてがあろうことは十分に承知だが、このたびも私は彼ならではの個性的魅力に打たれ、それを貴重なものと、あらためて認識せざるを得なかった。なお、この感想は−−こちらは取り立てて推薦盤とまではしないが−−当盤と同時に発売されたザラフィアンツの任意な選曲による小品アルバム『エリーゼのために』においても、あるていど同じである。ちなみに、これら両盤の外装デザインのすべては、とても凝っていて、綺麗である。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2004年8月号 )
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《 ブラームス:6つの小品/ザラフィアンツ 》
ALCD-7077(ALM RECORDS)
《 ブラームス:6つの小品/ザラフィアンツ 》
ALCD-7077(ALM RECORDS)
こんにちピアノ演奏界の「個性派」を代表する人びとというと、なぜかロシア人たちが浮かぶ。アファナシェフ、ウゴルスキ、そしてこのザラフィアンツ。当年とって44歳の中堅である彼、ザラフィアンツは、近年ますますその個性派ぶりに磨きをかけ、きちょうめんな聴き手、気の弱い聴き手をたじろがせるばかりになつてきた。先に出たショパンのソナタ第3番がその好例で、私はあれを、先生の言うとおり、できる限り正確に、楽譜どおりに弾けばよいのだと思い込んでいるコ
ンクール出場者予備軍のピアノ学生たちに、日夜聴かせてやりたくて仕方がない。
ところで、今年の2月日本で録音された当CDは、バッハ、シューベルト、ブラームスの作品。テンポの取り方ひとつを見ても、無難かつスタンダードな演奏をよしとする人びとからは異常に思えることだろう。だが、彼の創る「音楽」の何たるかを知り、心に深く受け止めうる聴き手にとっては、これはひとつの宝物である。《イギリス組曲》のアルマンドにみなぎる夢みるような濃やかさ、すばらしい弱奏のタッチと歌いくち。テンポ自体が、ひたひたと寄せてくる優しさの波ではないか。反面、サラバンドのことさらにゆったりした足どりのうちにも鋭さ、強さが生かされているように、表現はけっして一面的なものとはならない。シューベルト、そしてブラームスにも、そのような詩的想念の造型は、鮮やかに生きている。総じて言うなら、先に挙げたショパンよりは”きまじめな人”にも従いて行ける演奏だろう、と感じるのは、作品自体の性格ゆえだろうか。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2003年8月号 )
バッハはロシアのピアニズムを背景とした、スケールの大きな演奏である。力強いタッチで弾かれた前奏曲は活気に満ちて雄渾。ダイナミックに邁進する律動感が壮快で、湧き上がる音楽の愉悦に満ちている。アルマ
ンドは脱力したタッチの、倍音をいっぱいに含んだ明るく豊潤な音色が美しく、とうとうと旋律を歌わせて倦むことを知らない。サラバンドは時が静止したよう。舞曲のリズムの自然な抑揚のない、いささか人工的な演奏でレガートとマルカートを組み合わせる。続くブーレは軽快なテンポとタッチ。アフェクトはざわめきに満ち、中間部のダンスで思い切り弾みをつけておどけてみせる。ジーグは再びダイナミックかつ活気に満ち、曲が進むにしたがって気分の昂揚はさらに増して、エスカレートしつつ、最後はパッセージ崩壊ぎりぎりのところまでいく。どうやら熱しやすい人のようだ。バッハに品格と普遍的な完成度を求める聴き手には、ここが難点といえるかもしれない。が、ライヴのような生き生きとした感興があって、かえって新鮮だ。
シュー
ベルトの《即興曲》はロザムンデの主題をもつ作品142の3。ゆったりとしたテンポによる、静謐感溢れる出だしが印象的。同時にピアニストの細かな心の動きがそのまま音の動きに反映された、相当に気分的な演奏である。
ブラームス《6つの小品》は明るくゴー
ジャスな音色が、作曲家晩年の内省的な音楽にそぐわないようにも思われるが、しみじみとした情趣とロマンティシズムはこの曲に十分ふさわしい。多分に刹那的で気分的。しかし、その分、何物にも捕われない弾き手の心の自由さが感じられる。そしてそれこそが、このピアニストの最大の魅力といえるのかも
しれない。
那須田 務 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2003年8月号 )
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《 ショパン:バラード/ザラフィアンツ 》
ALCD-9017(ALM RECORDS)
きわめて個性の強いピアニストである。ショパンの《バラード》ではどの作品を聴いても感情の起伏がとても大きい。じっくりと抒情的というか、むしろ静謐な情感に浸るかと思うと、ある瞬間には激情が炸裂する。
そうした意味で即興的な興趣がこのピアニストの生命であり、ときには客観的なバランスを超越しそうなときもあるが一線は越えない。そのような演奏はなかなかスリリングでもあり、また《バラード》第4番などでは擬似ポリフォニックなテクスチュアから思いがけない音像が生まれたりする。そしてタッチはあくまでも清潔であり、このあたりにショパンの表現の新しさを実感する。それでいてけっしてヴィルトゥオーゾ的な身振りを必要以上にみせない点も好感が持てる。
そうした特徴はスクリャービンの作品28の《幻想曲》でもよく発揮されており、起伏の大きいその解釈と表現はこの作曲家のテンペラメントと絶妙の相性を示している。このピアニストは確実に作品の表現領域を拡張する。
武田 明倫 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2000年4月号 )
このディスクの冒頭、ト短調《バラード》の出だしを耳にして、タッチ、歌いくちのすべてにこもるデリケートな詩情に惹かれない人は、あまりいないだろう。40歳になったロシアのピアニスト、エフゲニー・ザラフィアンツは、それだけの豊かな個性と、説得力とを身につけている。いまのことは、けっして《バラード》の第1番のみならず、残る3曲についても、みな同じように言えるのだ。初めに提示される主題部は、4曲とも揃って、ザラフィアンツの指と心のもと、たいそう鮮やかな姿を現わす。それは潤いと愁いとを含んだ、詩人ショパンの面影にそっくりな姿とも言えよう。
しかも、このピアニストは、ひと筋縄では行かぬ勁(つよ)さと、聴き手の予想通りには歩まない一種の諧謔味をも併せ持っているかのようである―やがて来る急速なパッセージにおいては、彼は豹のような俊敏さを遺憾なく発揮してみせるのだから。
4つの《バラード》につづいてスクリャービンの《幻想曲》ロ短調作品28が聴かれるが、この曲も趣深く弾かれている。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2000年4月号 )
インデックス番号1のバラード・ト短調(ショパン)が鳴り出す。耳を疑う人が出るかもしれない。音楽の表情が、日頃聴き慣れたこの曲と全くちがう。「他のピアニストとは、ワン・フレーズたりとも同じようには弾かないぞ」という異才ザラフィアンツの強靭な意志が曲の隅々にまで貫徹されていて、とにかく面白い。演奏に奇を衒っているわけではない。だいいちこの人の音楽はそんな低い次元にはないのであるが、例えばバラードの全曲を初めて買おうという愛好家に対しては、私なら「待った」をかけることになりそうである。われわれが青春の頃から慣れ親しんできた甘く切ないショパン像が見当たらず、娯楽性には乏しいからである。だが、これらの曲を聴きこんで来た愛好家、コルトーやフランソワ、ルービンシュタインの弾くショパンに長いこと親しんで、「何か新しいものを」とお考えの方にはこのCDを「是非に」とお奨めしたい。
ザラフィアンツの実演には一度ならず接したことがあるが、この人、非常に思索的かつ内省的な音楽家である。音符を一音一音吟味し、噛み砕き、「自分はこう思う」という主張のはっきりした音楽作りをする。しかし「こう弾けば、客席にはこう聴こえる」とか「聴き手はこう反応するだろう」とかいう、良い意味でのステージ効果を狙った演奏ではなかった。1993年のポゴレリッチ国際コンクールで第2位に入賞しながら、ステージ経験には比較的恵まれなかったのではなかろうか。それが音楽の表情と音の雰囲気に滲み出ている。機会に恵まれれば、本人のなかで「何か」が変わるであろうし、世人の注目度も増すと思う。そうあって欲しい隠れた逸材である。
ショパンのあとで弾かれるスクリャービンの「幻想曲・ロ短調」は、そんな彼の鬱屈した心情が曲に投影されて、卓抜にして説得力ある名演になった。更にもう1曲、アンコールの形でライヴ収録されたモシュコフスキの「愛のワルツ」は、絶品と評して然るべき秀演である。わが国では民間の有志が相集い、公演機会の拡大に奔走していると聞く。成果を暖かい眼で見守りたい。
中野 雄 『 Gramophon Japan 』 ( 2000年4月号 )
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《 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番/ザラフィアンツ 》
ALCD-7061(ALM RECORDS)
ほぼ1年前に出たショパン《バラード集》の余韻に富む美しさが忘れ難いエフゲニー・ザラフィアンツは、現在の中堅――彼は59年ロシア生まれ――ピアニストのなかでも、とりわけ音色に対するセンスの点で抜群の人ではないかと思う。このことは、その後に出たスクリャービン“前奏曲集”のアルバムにおいてもあますところなく示されている。
そして今、ラフマニノフの《ソナタ第1番》の冒頭何小節かのうちにも、彼はその美質を高度に発揮する。彼にはまた、たいへん微妙かつ有効な“間(ま)”のセンスも具わっているのだが、音色の魅力は疑いなくそれと直結する。
このニ短調のソナタはいちおう「急・緩・急」の3楽章制をとるが、曲想はもう一貫して、なにやら甘美な香の焚き罩められた、夢うつつの空間を漂ってゆくかのようなものである。玄妙なファンタジーの蜘蛛の巣にからめられ、溺れてゆく心の吐息――しばしば十分に激しいそれにせよ――ばかりで成ったような音楽である。ザラフィアンツは、くだんの美しいタッチと、おそらく非常に念入りなペダリング――ちなみに、この譜面にペダリングの指定は全然ない――をもって、夢の世界を丁寧に染め出していく。
両端楽章でテンポを急がぬせいか、全体で52分近くにもわたる演奏時間は、すなわち、彼の世界にすっかり同化できる聴き手にとっては至福のものになるであろう。私もそのひとりでありうることを隠そうとは思わない。しかし、もし客観的になるなら、もう少し全体を視て、よりドラマティックな起伏を求める立場に立てば、また違った造形も出てこよう、という感想に行きつく。
併録された3つの小品もそれぞれに佳い演奏であるし、魅力的なディスクであることを否定するつもりなどは全然なく、逆に「推薦」を付さないのは後ろ髪を引かれる思いだが、ここはあえて、ピアノの詩人がさらに一皮むけることを願っておく。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 準推薦 ( 2001年1月号 )
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《 ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番/ザラフィアンツ 》
ALCD-7066(ALM RECORDS)
1993年にカリフォルニアで開催されたイヴォ・ポゴレリッチ国際コンクールで第2位に入賞して国際的な脚光を浴びたロシア出身の男性ピアニスト、ザラフィアンツの演奏によるアルバム。
実に豊かなる音楽性と超絶的な技巧の持ち主で、いずれの作品においても内容に溢れた演奏を披露しているが、とりわけロシア的なロマンティックな感情に満たされたラフマニノフのソナタがとくに印象に強い。
バッハのオルガン用のコラール編曲と、ラフマニノフの前奏曲をカップリングした「8つの前奏曲」でのその組み合わせの絶妙さ、音楽に満たされた演奏の魅力も特筆に値する。
百瀬 喬 『ムジカノーヴァ』 ( 2001年12月号 )
16分以上かけたシャコンヌは楽器を鳴らしきるのはもちろん、弱音にも細心の神経を払い、フレーズのたたみ方も行き届いたセンスだ。ラフマニノフのソナタ第2番は冒頭からテンポを押さえて堂々と弾き進み、カオスと静寂の対比を色濃く演出する。凍りついたロシアの冬空のように研ぎ澄まされた音の第2楽章も印象に残る。
「八つの前奏曲」も興味深い。同様のアイディアは、ムストネンも行ったが、バッハとラフマニノフという乱暴な組み合わせがユニーク(!?)。ただ、正直ムストネンのバッハとショスタコーヴイチに比べ、バッハとラフマニノフではより違和感を持った。それが薄れていくかは、時間を待ちたい。
ザラフィアンツの演奏は、全体にソプラノのバランスがくっきりし、フレーズ同士の間隔をたっぷりとった十年以上前のロシア系によくみられた弾き方だが、それも個人的には買い。この人の生演奏も聴いてみたくなった。
下田 幸二 『 音楽現代 』 推薦 ( 2001年12月号 )
考えられた、風変わりで意味ありげな――もちろん、実際に意味はある――プログラム立てによるリサイタル盤。先にショパン《バラード》ほかで私たちを感服させたエフゲニ・ザラフィアンツが、こんにちの最も注目すべきピアニストに属していることは疑いないが、この新譜も、すべてにおいてたいへん彼らしいディスクである。
まず、バッハ=ブゾーニの《シャコンヌ》が、終始、細部へのユニークな意匠を凝らしながら弾き通される。その表現はある意味でバッハ以上にブゾーニを立てた行き方であり、同時に、バッハに秘められたドラマ性、ロマン性を、ブゾーニと“共謀”しながら、できる限り濃く引き出す行ないでもある。このことが、つぎに調性による統一感を考慮しながら並べられた、バッハ6曲、ラフマニノフ2曲をまとめた8曲から成る小品の鎖の存在を、いわば正当化する。このなかのバッハはザラフィアンツ編とされているが、むしろ「ザラフィアンツ選」としたほうがよかろう。なぜなら、コラールほかの小品はどれも、バッハ=ブゾーニの例には全然倣わず、オリジナルを尊重した形なのだから。だが、演奏を聴くと、なるほど、これはザラフィアンツによるロマンティックかつ近代的なバッハであり、だからこそ、挿まれたラフマニノフと違和感なしにつながるのだと、“仕掛け”が見えてくる。こういったプロセスを経たうえで、ラフマニノフの第2ソナタがおもむろに登場する。
うーむ、やるなあ…。しかし、最後の感想を率直に記すなら、名手にして“選曲デザイナー”、ザラフィアンツ氏は僅かに画竜天晴を欠いたのではなかろうか。変ロ短調ソナタは始めから終りまでたいへん秀麗に弾かれているが、先にバッハ=ブゾーニを聴いたが故に、私たちは――否、私は――どうしても、もう一段、独創的な鑿使い、あるいは剣さばきをここに望んでしまう…。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 準推薦 ( 2002年1月号 )
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《 ショパン:ピアノ・ソナタ第3番/ザラフィアンツ 》
ALCD-7068(ALM RECORDS)
2000年から01年にかけて録音されたこの新盤は、当年とって43歳になる偉材にして異才のピアニスト、エフゲニ・ザラフィアンツが、まさしく本領を発揮した一枚と言えそうだ。余りにも珍妙なたとえで恐縮ながら、ここに聴くショパンは、かのグレン・グールドがなぜか俄かにショパンが大好きになり、感動のあまり目に涙すら浮かべて弾いているような、そんな感じさえするのだ。
《ソナタ第3番》の第1楽章、第1主題の間の取りかたを聴いて、はらはら、どきどきしなければ、よほど無感動な人だ。第2主題の“歌”に至っては、「こんなにまでゆったり、しんなり、歌いくずれていいの?こんなの、あり?」と、いぶかしい目をするピアノ科学生の顔が見えるよう。いきおい、テンポは遅い、遅い。アファナシエフの哲学的遅さとは異なってこちらはあくまでも詩人的な遅さ。詩人は時に瞑想にふけりつつ立ち止まって、もう歩むのをやめるかと思うほどだ。(ちなみに第1楽章の所要時間12分31秒。なんだ、普通じゃん、とおっしゃるかもしれないが、彼は――幸か不幸か――提示部のリピートをしていない。もししていたら疑いなく長時間演奏の新記録だったのに…。) 第2楽章のトリオも、これほど遅いものはない。《舟歌》にも風変わりな点は多々ある。なにしろ最初の低い音が、譜面指定のf ではなくてpp なのだ(!)。
さて、ここまで、これほど茶化したような書き方をして、なんで「推薦」なのかと読者はおそらく問われるであろう。たとえば《舟歌》では、一貫した8分の12拍子のパルスはやはり必要であって、時にそれが死んでしまうのは問題だ、といった批判は持ちながらも、なお、私はこの飛びきりの個性派に魅了されてしまうのである。ハイドンのト短調ソナタ(第44番)、それにメトネルの《回想ソナタ》の美しさ!これこそ、音の詩ではないか。
ぜひともあなたは、今後ともこの路線を歩んでださい、紛れもない鍵盤の詩人ザラフィアンツさん。
濱田 滋郎 『 レコード芸術 』 推薦 ( 2002年7月号 )
まず、とても美しいピアノの音色を持った人だということ。そしてオリジナリティをそなえた自分の音楽をしているということ。これらはこのディスクをすばらしく魅力的なものにしている。十分に研磨された、透明感のある音色。弱音から最強度のフォルティッシモまで美しいかたちが保たれている。別項のヴォロドスの評でも言及した、筆者が考える、ロシア的なピアニズムの一つの有り方に通じるところがある。いや、むしろヴォロドスよりも、このザラフィアンツの方がそれに当てはまるかもしれない。
音の美しさは天下一品。自由に自分の心の赴くままに、音楽を奏でて倦むところをしらない。それはショパンのソナタのラルゴなどで、ほんとうに息を呑むような美しい瞬間をつくりあげていて、聴き手を感動させずにはおかない。ハイドンも非常に興味深い。他の誰のものでもない独自の演奏を聴かせてくれるし、奏者が心から楽しんでいるのがよくわかる。どの曲も弾き飛ばすことなく、丁寧に弾き込んでいるところも好感がもてる。
でも、たとえばハイドンは最後まで聴いていると飽きてくるし、ショパンの第1楽章などは感覚的にすぎて自然な音楽の流れを妨げてしまっているところがある。主観が勝ちすぎているのだ。ハイドンとショパンでは異なった音づくりをするなど、もちろん様式観への関心は示されてはいるのだが・・・・・。
メトネルがいい。明るくて艶やかで豪奢な音色で、心ゆくまで旋律を歌いこんでいる。音楽との一体感もすばらしく、唯一無二の音楽がまるで今ここで生まれているかのような説得力がある。注目に値するピアニストではあることは間違いない。
那須田 務 『 レコード芸術 』 準推薦 ( 2002年7月号 )
もの凄く遅く不気味なほど厚みのある第1主題の提示から始めたソナタ第3番だ。これを聴くと、第1主題があたかもチャイコフスキーの協奏曲第1番のような壮大なる序奏で、第2主題から提示部が始まるよう。第2楽章も重いスケルツォ(!?)から始まり、また中間部がすこぶる遅い。第3楽章は中間部の旋律を綿々と奏でて見せ、第4楽章もこれまた重厚。聴き終えると4つの楽章でゆうに30分を超えた。自身の感性を深く信じた演奏と言えるが、欲を言えばそこからショパンの記した細かいテクスチャーも聴きとれたなら良かったと思う。
舟歌も10分を越えるかなりゆったりした演奏。しかし、こちらの方が緩やかな水の揺れを感じさせる自然さとザラフィアンツ節ともいうべき叙情がうまく融合してて嬉しい。ただしここでも、後ろ髪を引かれるようなリズムのひきずりとフレーズとフレーズでの"間"は多いのだが。
ほかにはハイドンとメトネルのソナタが収録されている。どちらもロシアン・スクールらしい美しいタッチと肩肘張らない叙情で聴かせる。特にメトネルは自身の血となっている音楽という感じで、自分の感性と実際の音を自然体で自由自在にコントロールしていて心にしみる。ザラフィアンツは、本来こういう部分に最良の美点のあるピアニストだと思うのだが、このCDのショパンもこのくらい自然体で奏でてくれてもよかったのではなかろうか。
下田 幸二 『音楽現代』 準推薦 ( 2002年6月号 )
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《 スクリャービン:前奏曲全集 第1集 》
8.553997(NAXOS)
今月の本誌のインタビュー欄に登場していただいたロシア出身の男性ピアニスト、ザラフィアンツのスクリャービンの前奏曲全集第1集である。スクリャービンはその生涯にわたって前奏曲というタイトルの小品を書き続けてきたが、ここに収録されているのはその生涯の前半期の作品を年代順に並べたものである。
インタビューの中で彼は、「作曲家を表現するのではなくて彼らの作品を通して自分自身を表現したい」と語っていたが、このスクリャービンもそうであろう。没我の中に埋没しているという気分がすごく強いが、実はそれこそスクリャービンそのもの音のタッチも実に鮮やかに、妖しいまでの幻想の世界を捉えた演奏だ。
百瀬 喬 『ムジカノーヴァ』 ( 2000年7月号 )
エフゲニ・ザラフィアンツの演奏を初めて聴いたのは1993年、ロスアンジェルスのイーヴォ・ポゴレリチ・コンクールで審査員を務めていたときだった。ザラフィアンツはこのとき合同受賞となった第2位に入っている。実に奇妙で忘れがたい雰囲気に包まれたそのコンクールで、われわれ審査員は彼の比類ない芸術性に圧倒され、以来ずっと、その印象は脳裏から離れることがなかった。
そんなわけで、このNaxos盤のことを知った時、どれほど喜んだことか。スクリャービンの前奏曲全集の第1巻となるはずのこのアルバムは、鮮烈な第一印象をあらためて確認させてくれたが、それだけではない。どこまでも非の打ちどころのない演奏技術、さらには音楽家としでの才能がいかんなく示されているのである。スクリャービンの様式と語法をここまで完璧かつ個性的に純化した演奏を聴かされると、たとえばアンドレイ・ガヴリーロフの冷たい突風、あるいはあえて言うが、スクリャービンの中に神経症的な感覚が震えているのを感じ取ったホロヴィッツの演奏さえも、相対的に薄っぺらなものに見えてくるのは確かだ。
ザラフィアンツは、スコアに記されているよりも遅いテンポを取る傾向があり、それによって、スクリャービンの色彩と視野が刻々と変化し、オパールのような微妙な光彩を放つ夢の世界を余裕をもって構築している。かといって、方向性が見えないとか、無気力に聴こえる演奏では全くない。
これほど深くかつ明快な解釈となれば、個々の演奏のなかからひとつを選びだすのは不公平というもの。とはいっても、作品11第7番のうねるような高揚感の見事さ、スクリャービンがショパンのエチュード作品10第11番の想い出をセレナード風に表現した作品16第3番の味わいについてここで指摘しないわけにはいかないだろうし、作品17第5番の荒々しい名人芸がこれほどの歓喜を込めて演奏されたのは聴いた覚えがない。
ザラフィアンツは生まれながらの鍵盤の詩人なのかもしれない。だが同時に、本当の意味でロシア的な、帽の広さも持ちあわせている。その響きは力強くかつ洗練されていて、しかも耳をつんざく雷鳴ではなく“甘美”な音なのである。
最後に、Naxosによるブランドン・ヒルのセント・ジョージ教会での録音が傑出していること、そして付属するデイヴィッド・ダウティの解説がスクリャービン後期の「揺らめくような異国風の調性解体」にふれていることも付け加えておく。これで、このディスクにかかわる何もかもが、単純なほめ言葉を超えた次元にあることがおわかりいただけるのではないだろうか。
Bryce Morrison/訳・國江正人 『 Gramophone 』( 2000年8月号 )
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《 スクリャービン:前奏曲全集 第2集 》
8.554145(NAXOS)
本誌7月号のインタビュー欄に登場していただいたロシア出身の男性ピアニスト、エフゲニ・ザラフィアンツによるスクリャービンの前奏曲全集の第2集で、7月号に紹介した第1集と合わせて全集の完成となる。このアルバムに収録されている前奏曲はいずれも1897年以降の創作によるものばかりで、ピアノソナタでいえば第3番より後の作品と並行して書かれたものばかり。つまり晩年の神秘主義への傾向がいちだんと深まっていく過程をこれらの作品を通して知ることが可能でもある。
ザラフィアンツのピアノはタッチがどこまでも透明な上に色彩的にも非常に豊かで、まさにスクリャービンの神秘主義を表現するにぴったり。付録として息子ジュリアンの前奏曲も収録されているのも興味深い。
百瀬 喬 『ムジカノーヴァ』 ( 2000年9月号 )
スクリャービン〈前奏曲集〉の第2巻。初期作品を扱った第1巻に続き、今度はそれ以後、死の前年に書かれた最後の前奏曲までを、年代順に収める。スクリャービンが折に触れて書き溜めていった前奏曲を、このように年
を追って聞いてみると、ショパンの影響色濃い甘美なメロディストが、刻々と、妖しい魅力を発散する神秘主義者へと変貌していく過程が顕わになり、変に感心してしまう。
しかし、さすがはナクソス、話はここで終わらない。アルバムの最後には、なんと息子ジュリアンの「4つの前奏曲」が収録されているのだ。ジュリアンがこれを書いたのは、父の死から4年、彼が11歳のとき。父アレクサンド
ル晩年の、あの妖艶な響きが確かに蘇っている。しかし、ジュリアンはこの後、程無く夭逝してしまう。何の因縁か、恐ろし。
演奏はロシアの中堅ピアニスト、エフゲニ・ザラフィアンツ。最弱音から最強音まで、たっぷりとした響きを聞かせる好演。
藤田 茂 『 クラシックプレス 』 (2000年秋号)
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